うちの子流~発達障害と生きる

発達障害を持つ子供たちとの日々をつづります。

スポンサードリンク

家庭学習で挑んだ発達障害児の中学受験、こじれた親子関係と児童相談所

間も無く2018年も終わろうとしていますね。

気がつけば一年以上ブログを更新しておらず、少しずつ今までのことを記録していこうと思います。今回はアスペルガー症候群とADHDを持つ娘の中学受験の話です。

 

合格と中学での支援

娘は現在中学一年生。今年の年明けに公立中高一貫校を受験し無事合格。というより寸前までC判定でほぼ諦めていたのにまさかの合格でした。

入学手続きを済ませた後に、中学校に娘が発達障害を持つこと、支援について相談したいことを伝えました。本来なら受験前に相談すべきことでしょうが、倍率の高い公立校で事前に障害を持つことを知られて選考に影響するのが怖かったのです。障害が選考に影響すればそれは差別なので基本的にはありえないのですが、選考基準がオープンにされていない以上、こちらからはわかりません。公立校であれば合理的配慮をする義務があることも含めての賭けでした。

小学校に比べて中学は支援が手薄いというのはいろんなところから聞いていただけに、覚悟をしての相談。ところがびっくりの手厚さでした。

最初から支援コーディネーター、担任、学年主任、養護教諭、各先生方が集まってくださり、服薬管理のことから苦手なことのフォロー、それに対する評価の付け方まで配慮について色んな提案をいただきました。

実際に中学校に通い始めてからは、荷物のあまりの重さに耐えられなかったり、朝が起きられず遅刻が多くなり、大量の宿題は全く追いつかず、提出物は失くしてばかり。次々と困りごとが出て来ました。

一番疲れが出てくる夏休み明けには、眠気がひどくなり、授業中も起きていられないどころかテスト中まで寝ている始末。先生がつきっきりで別室受験をさせてもらっても起きられない状態でした。

それを一つ一つ担任の先生、主治医の先生、児童相談所と話し合いながら調整して行きました。(児童相談所と繋がることになったお話は後ほど)

今では宿題の管理ノート、着床時間起床時間のチェック、持ち物一覧表、週に一度の持ち物を整理して減らすことまで個別に担任の先生に付き合っていただいています。

おかげさまで二学期の後半は遅刻もほぼなくなり、投薬調整もうまく行って授業中に眠ることもあまりなくなり、底に貼り付いていたテストの成績も(テスト中寝てたので仕方ないですが)少しばかり向上しました。

何よりも一番良かったのは娘本人が「学校がすごく楽しい」と言っていること。

学業的にはギリギリで引っかかっただけについて行くのは大変ですが、やはり周りの落ち着いた環境には馴染みやすく、友達も少しずつ出来ているようです。

担任の先生も娘が周りから浮かないように心配りをしてくださいます。

 

f:id:nanaio:20181229053803j:plain

(画像はフリー素材で娘ではありません)

 

受験までの混乱と児童相談所

一方で、受験までの道のりは大変でした。娘は通塾はしていませんでした。季節講習とテストだけは日能研でお世話になりましたが、あとは家庭学習でやって来ました。

我が家は母子家庭のため、高い塾に入れてやることが出来ませんでした。季節講習が精一杯です。いくつか塾を見に行きましたが、うちの子に合う本人が行きたがるのが日能研だけでした。

そもそも宿題すら手をつけるのが大変なADHDの娘。家で膨大な量の家庭学習を行うのは至難の技でした。一定以上の難関校の中学受験は、学校で習うことだけでは到底無理です。中学受験用の学習をがっつりやらなければどうにもなりません。

勉強しなければならない、させなければならない、でもできない。毎日のように激しい親子バトルです。テキストに取り掛かるのは大変な子なので、学習漫画を揃えたり色んな授業動画やアプリを使って工夫もしました。それでもお互いにストレスはかかる一方。

こんなに大変なのならもう中学受験は諦めよう、第二志望か地域の中学校でもいいじゃないかと何度も娘に言いましたが、頑なに娘は諦めないと言います。それには理由がありました。

パニックを起こした娘が暴れることも頻繁になってきました。私も口を荒げてしまいます。今年の1月、とうとう限界がきて、私が自分で警察を呼びました。警察の方は親身に娘と私の話を聞いてくださり、その場は収まったのですが、度重なるトラブルにどうやって娘に接して良いのやらわからなくなっていた私は、自らお願いをして警察から児童相談所に繋いでもらいました。もちろん娘本人も限界まで追い詰められていたことでしょう。

児童相談所は被虐待児の保護のことをよくテレビで取り上げられていますが、名前の通り児童に関する相談を受け付けてくれるところです。被虐待児の保護だけではなく、不登校や発達の心配、非行、子育てのあらゆる相談に乗ってくれます。ただ、地域によっては児童相談所のキャパがいっぱいで緊急性があると判断されたものが優先になっているところも多いと思います。うちの場合は警察から繋いでもらったので緊急性が高いと判断されたのかもしれません。

娘と私は親子関係の調節ということで月に一度通うようになりました。臨床心理士さんが娘と私の両方の話を聞いてくださり、どうして行きたいのか、どんな工夫ができるのか、毎月一つずつ約束をして話し合いを重ねて行きました。おかげさまで親子で言い合いになっても、今ではそこまで大きくトラブルになることなく生活ができるようになっています。

もうすぐ児童相談所に通って一年。あと数回で卒業しましょうというところまで来ています。娘も言っていましたが、親子だけの密室空間よりも、第三者を挟んで話し合えたことは冷静になれるし互いの気持ちも誤解なく確認できるのです。相談したことで私たち親子は大きく救われました。

娘が受験にこだわった理由

これだけ大変なストレスを抱えながらも娘が中学受験にこだわった理由がわかったのは、合格が決まって小学校の卒業式寸前のことでした。

「卒業式に出たくない。明日からもう学校行きたくない」

ああ、これは何かあったのだなと思った私はすぐに

「いいよ。出たくなければ休めばいい。理由は話せる?」

「言いたくない」

「ならいいよ。でも学校には聞かれるかもしれないね。」

翌日休むことと本人が卒業式に出ないと言っていることを学校に伝えると、何があったのか担任の先生からお話を聞くことが出来ました。

ざっくり言うと割と派手なタイプのお子さんのグループとトラブルになり娘がみんなの前で一方的に責められていたと。先生も止めに入ったけども大人の指示に従う相手ではないのです。その後娘が、以前から忘れ物など失敗するたびに執拗に責めてくるのがとても嫌だったと話してくれました。

担任の先生はとても敏腕のいい先生だったのですが、そのグループのお子さん達には手を焼いているという噂は以前から聞いていました。

いじめというものに該当するのか私では判断しかねますが、娘は6年生になってから学校でかなり嫌な思いをしていたようです。それがあって地域の中学校には絶対に行きたくない、受験してみんなと違う中学に行きたいと思っていたようです。

それまでは特に学校に行き渋ることもなく、家での様子も変化がなかった上に受験勉強で娘の悩みに気づいてあげることも出来ませんでした。

放課後に担任の先生が家に飛んで来てくださって、娘に色々話をしてくださいました。

あなたは何も悪くない。他のクラスのみんなもあれは酷いと言っていたけど、同じ中学に行くのでなかなか言い出せないでいる。本当はあなたの味方はたくさんいるし、あなたは頑張って違う中学に行くことになったから、最後は言いたいことを言ってもいい。堂々と卒業しなさい。

私の立場としては嫌なら卒業式でなくていいよと言いましたが、娘は卒業式には出ることになりました。当日は大人の目が離れないように配慮もしてくださいました。

中学受験をさせようと思った理由

地域の中学校に行くと、高校受験をしなくてはなりません。息子は支援学級ですが、娘はずっと普通学級できています。

今の高校受験は内申点が重要で、テストの点だけではなくノートの提出や宿題の提出率なども大きく関係してくるそうです。宿題も教科ごとに出されるので管理も提出期限も自分で管理しなければなりません。

うちの子供達は発達検査で同時処理に大きく凹みがあり、高学年になってから板書も間に合わなくなって来ました。見て聞いて書く。全て同時にやるのが難しいのです。家に帰るとスイッチが切れるので宿題も取りかかれない、提出期限などの管理も難しい。

支援学級なら宿題の軽減などの配慮も受けられるそうですが普通級では無理とのこと。

これではとてもうちの子が内申点が取れるとは思えません。家庭の事情から私立高校に入れてやることも出来ないし、なんとか公立高校に入れるにはと考えると、内申点の評価が違う公立中高一貫校の受験が一番手堅いだろうと思いました。

もう一点、中学生は思春期。一般のお子さんでも荒れることが多い時期です。小学校でもいわゆる女子グループには全く入らず、話の合う友達もなかなか出来なかった娘です。一般の中学の荒波を乗り越えるのは大変だろうと思いました。案の定、小学校卒業間近となってターゲットにされてしまいました。

私自身、受験で高校に入って、ある程度学力で分けられた世界になってからの方が楽しい毎日でした。うちの子供達にとってもその方が楽しい学校生活が送れるかもしれない。そう思って娘が就学した頃から中学受験を考えていました。

でも、やはり家庭学習で中学受験に挑むのは無謀だったと思います。コツコツ頑張れる従順なタイプのお子さんなら良いかもしれませんが、もともとそういう要素はゼロでした。親子関係に大きなヒビが入り修復も大変。我が家には金銭的にそれしか選択肢がなかったのですが、これから中学受験をお考えの方は、可能ならば塾にお任せした方が良いのではと思います。

 

 思春期のこれから

今も宿題や勉強は大変ですが、手厚い支援を受けながら楽しく中学へ通っているのでこれでよかったのかなぁ、なんとかこのまま高校卒業までこぎつけてくれるといいなぁと思っています。

放課後デイサービスも中高生が多く、学習支援もしてくれるところに変わりました。

家で宿題をやるのが大変なので、できるだけデイでやってくるようにお願いしています。

 

年齢ごとにいろんなハードルが出てくる子育て。決してうちがうまく行っているわけではありません。

私自身、離婚をし母子家庭で、この数年で心臓病やガンという命に関わる病気を経験して来ました。一人でできることは本当に限られていると実感した日々でした。

難しい発達障害児の子育てで一番大切だと思うのは、できるだけ多くの頼れる先を持つこと。決して一人では抱え込まないことです。

今までも療育、児童精神科の先生、学校の先生方、通級指導教室や支援コーディネーター、放課後デイサービス、相談支援事業所、移動支援、児童相談所、ツイッターなどで知り合った先輩保護者の方々や臨床心理士さんなど専門家の方々、たくさんの人たちに支えられて、私のような親でもようやく子供を育てられています。

子供にも学校と家庭以外に安心できる居場所を確保する、話のできる大人がいる環境はあった方が望ましいと思います。

もちろん最終的な責任を持つのは親である私ですが、自分の足らない部分を少しずつ周りにお願いして行く、長い子育てを継続するためにも自分のキャパを越えないようにしています。

親の孤立とキャパオーバーは虐待への入り口です。私は何度も入り口を覗いては吸い込まれそうになって来ました。もうやばいと思ったところで周りに助けを求め、踏みとどまることができています。

時に支援者の方と意見が食い違い、ギクシャクしてしまうこともありますが、基本は共に子供を育ててくれる方々。どうしても合わない方もいますが、できるだけ敵認定をせず、力を貸していただけるように穏便に関係を築くことを心がけています。

子供が大きくなるごとに、子供の世界は親を離れて広がって行きます。そしていつかは自立して行く。自立というのは決して一人で生きて行くことではないと思っています。

多くの頼れる先を持つこと。少しずつ人を頼り少しずつ人を支える。これが社会の中で生きて行く自立なのではと思います。それを徐々に子供に教えるためにも、親が人に頼る姿を見せて行くことができればと思っています。

当ブログはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

当ブログではGoogle AdSenseを利用して広告配信をしています。