うちの子流~発達障害と生きる

発達障害を持つ子供たちとの日々をつづります。

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障害受容

子供に診断が付いた時に、数日で開き直れた話は以前「娘の障害受容」で書きました。

最近ツイッターである方のお話を目にし、自分はまだ受容なんて出来てはいないのではと思いました。
もしかして障害受容という意味すら勘違いしていたのではないかと。
もちろん自分とは別の方のお話ですし、ぴったり自分に当てはまるわけでもありません。
ただ、自分の中で疑問に思いつつなんとなく過ごしてきた部分について
もう一度しっかり考える必要があると感じました。

ペアレントトレーニングを受け、心にひっかかっていたこと。
娘の服薬について思っていたこと。
自分の感情のコントロールのこと。
私の思う子供に身に着けて欲しいスキル。
療育や通級でのトレーニング。

これらは全て子供を矯正しようとする行為なのではないか、
しかしそれは、ありのままの子供を受け入れることと逆の事ではないかとずっとひっかかっていました。
一つ一つについて悩んできました。
その度に最終的に子供の将来のためになるなら・・と自分に折り合いをつけてきました。
ごまかしていたのかもしれません。

障害受容というのは
子供に対する行為がはたして本当に子供の為なのか
自分自身の為なのか、きちんと区別がついているか。
どこかで「普通の子」になってほしいと思う気持ちで子供に接していないか。
持って生まれて違うということを否定してはいないか。
私がお話を伺った限りではこのように理解しました。

正直、自分は出来ていると思っていました。
しかし、それならなぜ何度も同じことを繰り返す子供に対して
怒りが収まらなくなり無駄だと知りつつも怒鳴ってしまうのか。
自分の感情がコントロールできなくなることがあるのか。

それは自分の思い通りに子供をしようとしているからではないのか。
自分の思うこうあって欲しい姿を押し付けているのではないか。

「普通の子にしたい」という部分は違うのではと思っているのですが
(これも私が気づいていないだけかもしれません)
特性を持ちながら生きて行くためには
絶対にこれは必要!と自分で思っていることを無理やりさせようとしているのかもと。
それとも私が焦りすぎて時期尚早なのか。

私の思う子供が生きて行くために身に着けて欲しいことは
大事なものと時間の管理
人との摩擦を少なくすること。

特にADHDを持つ娘には物と時間の管理はとても難しいことだと思います。
完璧にできるようにはならないでしょう。(母である私も出来ません)
しかしずっと彼女の大切なものや時間を他の誰かに管理してもらって生きていけることはあまり考えられません。
少なくとも親は先にいなくなってしまうのです。
自分である程度出来るよう工夫を重ねていかなくては
最終的に自分が困ることになるのです。
障害告知もしていますので、娘本人に話していて理解してくれていると思います。
なにか物をなくしたり失敗するたびに一緒に工夫を考え、出来そうなものを選んでいきます。

それでも、その工夫自体を忘れることも多く、その繰り返しをしていると私のイライラが募ってきます。
継続することが難しい、注意散漫で短期記憶が弱い、なので常に声掛けが必要です。
声掛けをしてもすぐに何かに気を取られ別の事を始めて一向にことが運ばない。
何度も何度も一つのことを言い続けなければなりません。
代わりにしてやればあっという間に終わることです。
しかし一生代わりにしてあげることは不可能なのです。
宿題など代わりにしてあげることが出来ないものも同じです。
そうこうしているうちに時間だけが過ぎて行き、親子共々疲弊してしまいます。
タイムタイマーを使ったり予定を視覚化してみたり色々試してはいますが
穏やかな気持ちで過ごせるところまでは程遠い状況です。

人との摩擦を少なくすることはとても範囲が広く抽象的です。
みんなと仲良く、お友達いっぱいとは思っていません。
合わない人もいて当然ですし、一人が好きなら、それで自分の居場所を確保できるならそれでいいです。
しかし、生きていく上では多くの人と関わっていかなくてはなりません。
人を傷つけたり不快にさせたり、トラブルの種を自分からまくことは
出来るだけ少なくなってほしいと思っています。
それはいずれ子供自身の苦悩に代わるだろうと思っているからです。
普通の人だって人間関係について多くの人が悩んでいます。
社会性に障害がある場合、なおの事人間関係の悩みは多くなることでしょう。
苦手なりにも少しでも人と付き合うための処世術を身に着けて欲しいのです。

家で兄弟間のトラブルの中から、何が原因だったのか、どうすればよかったのかを
一つ一つ子供が納得するまで説明する。
これを繰り返してはいますが、少しずつの変化はあったものの
娘の衝動性の高さ、息子の気持ちの切り替えの難しさは工夫でなんとかすることは難しい。
特に娘の衝動性によって口より先に手が出てしまうという部分は
特性だから仕方がないで済まされるものではないと思っています。
人を傷つけることは障害があろうとも許されることではないのでなんとかしなくてはなりません。
二人同時にパニックを起こしていることが多いので
どちらかとしっかり向き合おうとすると一人ほったらかし。
たいてい大騒ぎする娘が優先となりますが、息子も癇癪をおこせばそうはいきません。
息子を落ち着けることを優先すると娘がそれを許さないとばかりに騒ぎ立てる。
そうなると私の我慢がキレてしまうのです・・・。

障害だから仕方ない、そういう特性なんだから、と頭で分かっていても
どうしても心が許せなくなる。
怒鳴ったところで子供は変わらない。子供を傷つけるだけ。
それでも自分の怒りが止められなくなり爆発する。

後で後悔するんですけどね。一人で泣いて自分は母親失格だと落ち込む。
これ以上子供を傷つけないためにはどうしたらいいのと悩む。
でも最後は親も人間だしある程度は仕方がないじゃん、ちょっとずつ変わって行けばいいしって半分逃げるのです。

本当の障害受容とはなんなのか。
私のやっていることは子供にとってプラスになっていくのか。
それともただ無理を押し付けて傷つけているだけなのか。
素のままの子供を受け入れるのと、子供のため(と私が勝手に思って)成長を望んていることとは
同じなのか違うのか。
今はさっぱりわからなくなってしまいました。

ここ数日そのことばかり考えてちょっと現実逃避したいモードになっています。

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