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うちの子流~発達障害と生きる

発達障害を持つ子供たちとの日々をつづります。

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何のために勉強をするのか、今まで子供達と話したこと。

今までも息子の算数へのこだわり、娘の宿題問題など

勉強に関して色々書いていますが

私は結構な教育ママなんでしょうね。自覚あります><

こちらの記事を読ませていただきました。

子供の「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」という問いかけに大人はどう答えれば良いのだろうか - 心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

自分の世界を広げるために勉強をする。

確かに勉強をする一つの大きな意義だと思います。

こだわりや思い込みなどでなにかと視野狭窄になりがちなうちの子供達。

できるだけいろんな世界に触れて欲しいと思います。

 

うちは子供達の方からなぜ勉強しなくちゃいけないのかと

質問されたことはありません。

まだ小さいし、幼いころから家庭学習をやってきているので

こういうものだと思っているからかもしれません。

しかし、なんのために勉強をするのか?ということは

いっぱい話してきました。

極力、勉強は本人の興味に沿って楽しいものに変換できるよう

ゲームやアプリ、学習漫画、本、動画授業など

様々なものを使ってきました。

目標を持つために塾の無料テストや検定なども受けています。

しかし、学校の宿題など繰り返しが苦手な子供達。

どうしても「やりたくない」勉強にも立ち向かわなくてはならない時が

多々あります。

楽しいだけなら学べる環境さえ用意できれば

どんどんと勝手にやって覚えてくるのですが

面倒なことはやはりぴたっと止まってしまう。

そういう時に、なんの為に(イヤなことでも)頑張る必要があるのか?を

しっかり自分の中で納得しておくことが必要だと私は思っています。

発達障害の特性の一つだそうですが

気が向いたことへの集中力や記憶力は素晴らしいものがありますが

気が向かないことをやるのはすさまじくエネルギーを消費するものらしいです。

なので余計に目的を明確化しておくことは重要だろうと思いました。

 

それ以前になぜ私が子供達に学齢以上の勉強をさせているか?なのですが

そもそも障害によりコミュニケーションや社会性に難があったり

生まれつきのハンディキャップを持った子供達です。

なにか得意なことを見つけることが出来たら

それを最大限に伸ばしたい。

そしてそれを武器にすることが出来たら

ハンディを補うことが少しは出来るのではないか。

なにかの武器を持つことで少しでも生きやすくなるのではないかと考えました。

発達障害があると何か特別な才能が・・などと言われることがありますが

ある場合もあればない場合もあると。普通の人々と同じだと思います。

娘は今の所これといってとびぬけた才能などどこにも見当たりませんが

人よりちょっと得意なこと、好きなこと。これなら見つけることが出来ます。

そこを引っ張り上げて伸ばすことが出来ればいいなぁと。

たまたまうちの子供達はアスペルガーの特性か、

知識欲が非常に旺盛で色んな事に興味を持ち

知ったことを次々と記憶していきました。

これを長所として将来に活かせたら・・。

それと中学校進学のことです。

思春期で周りのお子さんも何かと難しい年頃。

人間関係も複雑になってきます。

私の住む地域は今の小学校もかなりの人数ですが

中学校は1学年10クラス近いマンモス校。

通常学級に通う娘にはやっていくのが少し難しいのではないかと思い

中学受験を考え始めました。

このようなことも全て子供達に話しています。

 

勉強が出来れば幸せな人生が送れるのか?と言えば

それはイコールではないでしょう。

実際、夫は高学歴ですが、やはりコミュニケーション面に問題があるため

人付き合いがうまくいかず、職を転々としたりしています。

なまじ勉強が出来て学歴だけある人よりは

人付き合いがうまく周りと楽しくやれる人の方が

人生としてよっぽど幸せなんじゃないかなとも思います。

しかしこれは持って生まれた特性。

そう簡単に変わるものではありません。

その面に関しては人並みでなくても少しずつ前進していくしかありません。

かといって何も持たずにいるよりは

なにかの武器があった方がいい。

逆に、私は進学校に入りましたが

家庭の事情で大学に進学することが出来ませんでした。

仕事を変わる時などに学歴の壁は何度も感じてきました。

学歴コンプレックスはあると思います。

だからと言って子供達にいい大学へ入れとは言っていません。

どんな道を選ぶのかは子供達の自由です。

勉強が出来るか出来ないかが、将来の幸せの度合いとは

必ずしも一致はしないけども

勉強が出来ることによって選択肢は増えるということ。

今なりたいものがあったとしてもこれからだんだん見える世界が広がってくる。

そうすればまた違った道を歩みたくなることもある。

10の中から選ぶか、100の中から選ぶかの違いがあるんだよと

子供達には話しています。

 

学校で習うことでも生きて行くために特に絶対必要ではないものも

たくさんあります。

平方根なんて仕事で関係しない限り日常生活に必要ありません。

ルートがわからなくても大根買えますし。

ホウセンカの種の形がわからなくても生きて行くのに特に困りません。

じゃ、なんでそんなもん勉強するの?というと

生きて行くためには大人になっても学ばなければならないことは

山のようにあるわけで、

情報も今の時代溢れており、正反対の話も嘘の話もいくらでも転がっています。

その中から自分に有益な情報を選択し

学んで行って仕事に生活に役立てて行く。

その為の頭の訓練だと私は子供達に話しています。

基本となる正しい知識を持つこと、知識を得る能力を養うこと

情報を選別できる能力、得たことを活用できる力。

多くの人と話が通じる程度の一般常識、

問題を解決するための思考力。

これらを身に付けるためのトレーニングであると

少しずつ少しずつ子供達に話してきました。

 

今の所、子供達は勉強が少しだけ得意であることが

自分の自信に繋がっているようで

苦手な部分による自己肯定感の低下を補ってくれているかもしれません。

一番ではないのはわかっていても得意なことで人に負けたくない気持ちが強く

勉強する意味を自分なりに見つけているようです。

それでも単調な書き取りや山のような計算問題にくじけそうになっている時

いつでも勉強はやめてもいいよと言います。

勉強出来ることだけが人生の目標ではないから。

他のことを見つけて幸せな人生を歩んでいる人はいくらでもいる。

最低限やらねばならない宿題だけにして、家庭学習はやめてもいい。

宿題も辛かったら減らしてもらうことも出来るよと。

(特別支援が入っているから出来ることです。)

そういうと、イヤだ!!と無理やりやる気を出して頑張っているようです。

 

もしも、勉強よりもっと自分が打ち込みたいと思う物が出来たら

いつでも勉強を捨ててそれに没頭してかまわないと伝えています。

人生を器用に平均的に生きることが難しい子なのですから

一芸に秀でた方が可能性は大きい。

その一芸が直接職業に結びつかなくても、

とことん打ち込んだことが自信と経験になる。

得意を伸ばせば苦手も底上げされることだってあるのです。

 

つらつらと自分の考えを書いてきましたが

勉強の大変さはまだまだこれからの年齢の子供達。

受験勉強や思春期に差し掛かるとどうなるのやら。

私が付きっきりで勉強を見られるのもあと少しでしょう。

親にとやかく言われることもイヤがるでしょうし

私もついていけません。

うちは経済的に余裕がないため、高い塾に通わせることは難しいですが

今私に出来ることと言えば

どうせやらなきゃいけない勉強ならば出来るだけ楽しい形に変えて

子供が興味を持って取り組める環境づくり。

嫌なことでも頑張れるだけの明確な目標づくりと工夫。

学ぶことが楽しいと思えるようになってくれればいいなぁと思っています。

自分の人生のやり直しを子供に求めることのないよう気を付けながら。。

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