オキシトシンによる自閉症治療をどう考える?
近年、自閉症スペクトラムの特性のひとつであるコミュニケーション障害の改善に効果があるといわれている「オキシトシン」による治療が注目されています。
2015年9月4日に東京大学付属病院よりプレス発表がありました。
オキシトシン経鼻剤連日投与による自閉スペクトラム症中核症状の改善を世界で初めて実証 | 東京大学医学部附属病院
私は専門家でもなんでもありませんが、発達障害児のいち保護者として今後の研究を期待しつつ、どう受け止めていくかを考えたいと思います。
オキシトシンってなに?
オキシトシンとは、人間の脳から分泌されるホルモンのひとつ。
脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、従来は子宮平滑筋収縮作用を介した分娩促進や乳腺の筋線維を収縮させる作用を介した乳汁分泌促進作用が知られていました。しかし一方で男女を問わず脳内にも多くのオキシトシン受容体が分布していることが知られ、脳への未知の作用についても関心が持たれていました。そうした中、健康な大学生などを対象とした研究において、他者と信頼関係を築きやすくする効果などが報告されて注目を集めていました。
今回の研究では、2012年の研究で見出した自閉症スペクトラム障害群の行動および脳活動の特徴が、オキシトシンの点鼻スプレー投与によって改善するか否かを検証しました。東京大学 医学部 附属病院において40名の自閉症スペクトラム障害の成年男性を対象として二重盲検など最も客観性の高い厳密な方法で医師主導臨床試験を行った結果、オキシトシン投与が自閉症スペクトラム障害群において元来低下していた脳活動を有意に上昇させ、それと共に対人コミュニケーションの障害が有意に改善されることを世界で初めて明らかにしました。つまり、オキシトシン点鼻スプレーを1回投与したことで、健常群で観察される、表情や声色を活用して相手の友好性を判断する行動が増え、内側前頭前野の活動が回復し、それら行動上の改善度と脳活動上の改善度が関与しあっていました。これは、オキシトシンによって脳の活動に変化を与えて、同障害を治療できる可能性を支持する結果です。
東京大学、金沢大学、名古屋大学、福井大学の共同研究チームにより現在も大規模な臨床試験が行われています。
自閉スペクトラム症へのオキシトシン経鼻スプレーの臨床試験 | 東大精神科
今回の臨床試験の結果により、オキシトシンを医療に用いることを可能にする開発計画が進むことが期待されます。
有効であること、安全性の確認などが今後の研究で進めば、自閉症スペクトラムの処方薬となる可能性があるようです。
すでに陣痛促進剤や母乳を出やすくするために医療現場で使われているので人体に対する安全性は確立しているのでしょうから、適応範囲の問題なのかもしれません。
コミュニケーションや社会性に効果が見られたということは自閉症スペクトラムを抱える人々にとって生きる困難を軽減する可能性は大きいかもしれません。
ただし、子宮を収縮させる作用があるので治験も成人男性だけが対象のようです。
現在はサプリメントとして輸入品を一般でも入手することは可能のようですが、女性の場合や、オキシトシンの血中濃度が高すぎると逆効果という報告もあるそうなので、医師の指導に基づかない個人的な使用は慎重にならざるを得ません。
自閉症スペクトラムの診断があっても全ての人がオキシトシンの血中濃度が低いわけでもないそうです。
成長過程である子供に対しての使用も安易に試すわけにもいかないと思います。
お子さんの場合はマッサージなどスキンシップなどによって脳からオキシトシンが分泌されるのではないかという研究もあるそうなので、触覚過敏などでお子さんが嫌がらないのであれば積極的に取り入れるのもひとつの方法です。
こちらの記事に娘が通級指導教室で受けていたマッサージを動画でご紹介しています。
今までは自閉症スペクトラム自体に働きかける治療薬はなく、不安や多動を抑える薬や二次障害に対する治療が中心でした。
おそらく自閉症スペクトラムの人々が社会の中で生きていく上において一番の障壁となるコミュニケーションや社会性に効果があるのなら、多くの人が困難を軽減し生きやすくなる可能性があります。
オキシトシンは人格を変えるのか?
今後、研究が進み、治療薬として医療の場で一般的に使われるようになった場合、使うのかどうか悩むところですよね。
対人関係に悩み一刻でも早く使いたい!という方も多いでしょうが不安もあると思います。
コミュニケーション障害が改善される、社交性が身につくということは、今までとは違う人格になってしまうのではないかと。
オキシトシンではありませんが、娘にADHD治療薬コンサータを飲ませるにあたって同じように悩んできました。
主治医と半年間も納得いくまで話し合った上で始めた投薬。
初めてコンサータを飲んだときの娘は副作用も強く出て別人のように大人しくなりました。
これが私の娘なのか、ここまでして娘を変えなければならないのか。
扱いやすくするための私のエゴではないのか。
副作用も強く出ていたため、最初はお試しだけでやめてしまいました。
今から思えば微調整の出来ない薬なので体格が追いついていなかったのかもしれません。
就学に当たって一人で通学したりする上で飛び出しなどによる命の危険を考えてコンサータを再開。娘の身体の成長もあり、薬が合うようになりました。現在も続けています。
コンサータは12時間だけ効くよう設計された薬で、その間からだの多動や思考の多動、不注意を抑える薬です。それも完璧に抑えるわけではありません。
ADHDを根本治療する薬ではなく人格そのものが変わるわけではありません。
成長過程にある子供に対してはADHD特性による失敗を軽減し、集中力をあげることによって学習しやすくなることなど、人としての成長をサポートする効果が大きいのです。
オキシトシンも投与している間に効果が見られると聞いています。
おそらく投与をやめれば元通りになると想像します。
元々人間の脳から分泌されるホルモンの不足分を補給するということですので、やめても同じように脳からたくさん分泌するとは考えにくいですし、陣痛促進剤として使用した後に社交性が上がった状態が維持できるという話も聞いたことがありません。
出産し母乳を与えている間は女性から多くのオキシトシンが分泌されているそうですが、元々コミュニケーションに困難がある女性が出産によってその後も社会性が大きく向上したということも聞きません。
コンサータと同じく服用している間だけ効果が見られるものではないかと思います。
そしてコンサータなどの薬と同様、誰にでも同じような効果が期待できるものではないのかもしれません。人によって合う合わない、効果があるない、副作用が強く出る出ない、と個人差があるかもしれません。
たぶん、人格を変えるほどの根本治療ではなく、困難を軽減するのに役に立つものとなるのではないでしょうか。
コミュニケーションや社会性の困難は自閉症スペクトラムの人の特性のひとつであり、人格の全てとイコールではなくほんの一部にすぎません。
自閉症スペクトラムを持ちながら社会で活動している人はたくさんいます。特性上苦手である人との付き合いに多くのリソースを裂かなければならず、疲弊し能力を十分に発揮できない、または鬱などの二次障害に追い込まれる状況の人々も多いのではないでしょうか。
そういう方々にとってオキシトシンは画期的なものとなるかもしれません。
万能薬ではないでしょうが円滑なコミュニケーションを経験することは自己肯定感の向上にも繋がります。
子供が自閉症であると医師から告げられれば、ほとんどの保護者の方はショックを受けられると思います。私もそうでした。
そして治す方法はないのか?できれば治したいと思うものです。
しかし、持って生まれた脳の特性。その特性も私の子供たちを構成する一部です。
悪いことばかりではありません。愛すべき特徴もたくさん持っています。
その特性による困難の軽減や、社会適応を進めることがトレーニングや工夫によって出来ればいいと今は思っています。
オキシトシンはそうした自閉症特性によるコミュニケーションの困難を「軽減する」手助けのひとつとなるのかもしれません。
能力のトレードオフは起きるのか?
私がオキシトシンの効果で一番気になるのが能力のトレードオフ。
自閉症スペクトラムなどの発達障害は、発達傾向に凸凹があります。
中には部分的に突出した能力を持つ人もいます。
極端な例が映画「レインマン」に登場したようなサヴァン症候群と呼ばれる人々ですが、
(レインマンは実在のサヴァン症候群当事者キム・ピーク氏をモデルにしたお話です。)
サヴァン症候群の方々の中には成長の過程で社会性を身につけることによりその特殊な能力が薄れていったり消えていったという例があるそうです。
つまり特殊な能力は社会性とトレードオフの関係にあるのではないかと言われています。
サヴァン症候群は狭義では世界に数えるほどしかいないと言われていますが、広義においては自閉症などの障害を持ちながら人より秀でた能力をもつ場合に使われるそうです。
おそらくうちの息子は広義においての数学的サヴァンではないかと思っています。
小学校の算数は就学前に終わり、現在小学2年ですが中学3年の数学を独学で学んでいます。平方根や因数分解は4歳くらいで理解していました。
しかし、コミュニケーションはかんもく傾向、社会性も乏しく一緒に遊ぶお友達はいません。
もしも、将来息子がオキシトシンの治療を望んだ場合、トレードオフは起きるのか?
すごく気になるところです。今後の研究でその点について明らかになってくれるといいなと思います。
オキシトシンが治療薬として一般化されたらどうする?
臨床試験の段階では成人男性のみが対象でその他条件もいろいろとあるようですが、どこまで適応範囲になるのかはわかりませんし、実現化されるのか、なるとしたらいつなのか、今のところ素人の私には全くわかりませんが、
もし、うちの子供たちにも使えるようになったらどうするか。
オキシトシン治療、もし子供自身がコミュニケーションについて深く悩んでいて本人が望むのであれば、トレードオフが起きてもいいと本人が願うのであれば、もちろん挑戦したい。
— なないお🍀当たりの宝くじ (@Nanaio627) 2015年9月4日
私自身としてはオキシトシン治療を勧めるつもりはないけども、子供の人生は子供が決めるもの。選択肢の一つとして知っておくのは大切だと思う。
— なないお🍀当たりの宝くじ (@Nanaio627) 2015年9月4日
特別な能力よりも円滑なコミュニケーションのほうが、その人個人を幸せにする可能性は高いかもしれない。子供自身が選べばいいと思う。
— なないお🍀当たりの宝くじ (@Nanaio627) 2015年9月4日
今のところはこのように考えています。
研究成果が色々と発表され新たな事実がわかってくればまた考えも変わるかもしれませんが、自分の人生にとってなにが大切なのかは個人によって違うものであり、個人が選択するもの。様々な選択肢とその情報を用意するのが親として出来ることであり、選ぶことが出来る時期が来れば本人に任せたいと思います。
息子の持つ突出した能力や、娘がこれから開花させるかもしれない才能が、子供たちが生きていく上で重要な役割をもつのであれば、トレードオフは彼らの人生にとってマイナスとなることもあるでしょうし、逆に円滑なコミュニケーションを身につけたほうが生きやすい場合もあるでしょう。どちらを選ぶのか。それは子供自身が自分の人生を考えて選べばいいと思っています。
今後もオキシトシンの研究に注目したいと思います。
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