うちの子流~発達障害と生きる

発達障害を持つ子供たちとの日々をつづります。

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甘えさせると甘やかすの境界線

私が子育てを始めてからずっと意識してきたことがあります。

しっかり甘えさせて、甘やかさないこと。

似たような言葉ですが、私の中には明確な線引きを設けています。

スキンシップや話を聞いたりすることは

出来るだけ応える。(出来ない時ももちろんありますが・・)

本人が出来ることを面倒だからと人にさせようとしたり

ごねたらいうことを聞いてくれるというような体験はさせない。

言うことを聞いていればその場限りは楽です。

しかし子供の先々を考えると子供のためにならないと思うことはやらない。

一度NOと言ったことは納得できる理由がない限り一切曲げない。

これを今まで通してきました。

 

しかし迷うことがよくあります。

今でも正直迷っています。

先日、娘が着替えの服が見つからないと言いました。

入っている引出しを言ってもぱっと開けてみただけで

「ない!」と言い切るのです。

引出を開けて一番上に見えているにもかかわらず。

「一緒に探して!手伝って!!」

と言いながら寝そべっています。

こういうことはしょっちゅうです。

寝転んでいても「起きられない、引っ張って起こして!」

もう9歳です。病気でもないのに自分で起き上がれないわけがありません。

もちろん自分でできるはずのことは私は手伝いません。

そうすると意地でも手伝わせようとします。

足にしがみついたり服を引っ張ったり大声を上げたり。

いや、その労力を服を探すとか起き上がるとかに使ったほうが楽だろうに。

もう彼女の頭の中は自分の思い通りに相手を動かすことでいっぱいです。

 

これは自分の言うことを聞いてくれる=大切にされている、愛されていると

確認したいからなのか。

甘えなのか。

こういうわがままを聞いてあげることで彼女は満たされるのか。

と毎回迷うのです。

心の中ではどうなんだろうと迷いながら

未だに態度は一切変えず自分でできることは手伝いませんと突っぱねている。

そりゃ長い時間大騒ぎになるので娘の言うことを聞いたほうが

はるかに楽だし早いし私もストレスがたまりません。

それでも時々彼女が言う「この前はやってくれたのに!!」

を聞くと、こりゃ一度緩めるときりがない。

自分でできることでも動くのが面倒と思えば

どんどん人にさせようとするんだろうなと思うのです。

この前やってくれた、というのは時間がなくて服の準備などを

手伝った時などのことです。

特性から状況に合わせて臨機応変というのは難しいので

必ず「時間がないから今日は特別に母さんが服の準備をします。」と

前置きを入れます。それでも「前はやってくれたのに!!」が来ます・・orz

 

もう一つ迷うことは、娘はやる気がなくなったり

眠かったり不機嫌だと極端に能力が落ちます。

これは誰でもあることなのでしょうが、本当に極端です。

例えばもう大きな桁の掛け算や割り算の筆算をやっているというのに

8+11の足し算すらわからなくなってしまう。

最初はただ面倒で言っているのかと思いましたが

どうも本当に脳がシャットダウンしているっぽいです。

これは障害特性によるものなのでは思います。

これがあるので彼女のヘルプサインはもしかして

本当に特性により出来なくなっていることかもしれない・・

もしそうなら手助けする必要がある。

(起き上がれないとかは絶対に違うと思いますが><)

物を探すことは元々苦手だしやる気がない時はどうしたらいいのか

さっぱりわからなくなるらしいし・・とも思うのです。

 

先日の服が見つからない件では一度手伝いませんと言ったので

それを通しました。

娘はさんざんごねて私をひっぱったりぎゃーぎゃー騒いだり。

力ずくで手伝わせようとしたのでタイムアウトも入れました。

しかし諦めなかった。タイムアウトの後も出来ないの一点張りでした。

出来ることは手伝わない理由は前から何度も言ってきたのですが

改めて詳しく話すことにしました。

 

あなたはさっきからずっと母さんに手伝わさせることで頭がいっぱいで

自分で探そうとはしていない。そういう態度の人に対して

ほとんどの人は手伝おうとは思わないよ。

「違う!探したもん!でもわからない、見つけられないんだもん!」

でもさっきからずっと寝そべってぎゃーぎゃー言ってるよね?

「出来ないんだもん!!」

母さんはこんな長い時間あなたとこうしてもめているよりも

さっさと探して出してあげたほうが楽なんだよ。

でも、それをいつもしていたらどうなると思う?

探すのは苦手なのは知っているけども一生物を人に探してもらうつもり?

「今日だけ探して!今日だけ出来ない」

そうかな?いつも好きな工作の材料は自分ですぐに見つけられるけども

やらなきゃいけないことになると出来るだけ人にやらせようとするよね?

母さんが今代わりにしてあげることは出来る。

でも母さんはいつまでも生きていないんだよ?

あなたが死ぬまでずっとお世話は出来ないんだよ?

「・・・・」

親の仕事は子供が一人で出来ることを増やすことなの。

自分がいなくなっても生きて行けるように育てるのが仕事なの。

だから母さんは自分でできると思うことは手伝わない。

まだ子供だから出来ないことは手伝うよ。

病気で動けない時なんかは手伝うよ。

でも少しずつ手伝うことは減らして行く。あなたが大人になる為に。

母さんがいなくなった後もあなたが生きていけるように。

 

娘は泣き出し抱っこをせがみました。

抱きしめて「黒い引出しをもう一度落ち着いて見てみなさい。」

と言うと、そこから探していた服を見つけました。

 

ここまで約1時間のバトルです。

こういうことは今まで何度も繰り返しています。

今回はここに書いた以上にかなりじっくり話したので

少しは腑に落ちたのでしょうか、

それ以来「自分でやります。」の声掛けで動くようにはなりました。

(たぶん日が経てばまた繰り返すでしょうが・・・)

三歩進んで二、三歩下がるの毎日です。

 

それでも私の迷いはまだあります。

これでいいのだろうか。私は厳しすぎるのではないだろうか。

時々は甘やかしてやることも必要なのだろうか。

今まで何度か療育の方や専門の方に相談したことがありました。

答えはいつも「そのままで大丈夫ですよ」でした。

私の迷いが晴れないのは

娘の求めているものと、私が思っているものが

ずれているのではと思うことがしばしばあるからです。

時間がある時は娘をなでてマッサージしたり抱きしめたり

甘えさせるようにはしています。

それでも娘は底なし沼のように愛情を求めてきます。

きりがありません。

こういう特性なのか、娘が求めるだけの愛情表現をしていないのか。

娘の飢餓感 - うちの子流~発達障害と生きる

娘が感じる不足分をこういう形で求めているのではないか。

と思う気持ちがあるのです。

 

このブログにもエラソーに自分の子育て観をつらづらと書いていますが

本当にいつもいつも迷っています。

これでいいのかと。

もっと子供にとっていい対応があるのでは。

もっと自分に余裕があればいいのに。

自分の至らなさを常に感じながら子育てをしています。

私も感情の制御がうまくいかず

爆発して叱りすぎてしまう。自分が情けなくなり消えてしまいたくなる。

子供にこんな母で申し訳なくて毒親であると自覚しながら

それでもどうしようもない時がいっぱいあって。

こんなことをずっと繰り返しています。

 

でも、「親が迷うと子が迷う」と信じているので

迷いながらそれは極力見せないように

一貫した態度をとるようには努力しています。

どこかで子供に見透かされているんでしょうけどね。

 

娘がやたらめっぽう助けを求める力を

半分息子に分けてくれたらいいのになぁ。

息子は困ったことがあっても家族以外に助けを求めることが出来ません。

家以外では娘はちょうどバランスよく困ったことを先生に

助けを求めることは出来ています。

家族だと甘えが出るのは当然なのですが

ちょっと度が過ぎているのが現状です。

 

彼女の欲求を出来るだけ満たして行くのが先決なのか、

本当に助けが必要なのか

今の態度を貫いていくことが大切なのか。

娘の様子をしっかり見ながらまだ当分悩んでいくんだろうなぁと思っています。

 

完璧な親なんて目指したってなれないのはわかっているけども

少しでも子供の人生を阻害しない親になれればいいなぁ。

親はただ子供の成長を信じて見守っているだけでいいのかもと

思うこともしばしばあります。

それが出来ないのが私の最大の欠点ですが

自分は自分の出来ることをやっていくしか道がない。

と開き直っております。

今日はお酒を飲みながら記事を書いているので

全然まとまっていないですね。(いつもだけど)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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